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スライディング・ヘディングシュート2


3000坪の冒険と、時々音楽すごく映画。たまにサッカー
by frat358
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自分なりの追悼

自分なりの追悼_c0027929_21171277.jpg

私が小学生の頃は、マドンナやマイケルは
エンターテイメントの中心に居ました。
今よりも業界は多様化しておらず、
世界中で一点集中的な人気を続けていました。
だからこそ6500万枚という売り上げも
可能だったのだと思います。

日本でのコンサートは
ゴールデンタイムに放送されたし、
それを見る日本人は宇宙人を見てるかのように
何もかもを肯定していたと思う。
でも本質的に、彼の何が凄いのかは
あまり興味が持たれてないように見えた。
なんか盛り上がってるから、とか。
凄いって言われてるから凄いんだろうとか。
大歓声の中に、そういう空虚さみたいなものも
自分は少し感じてました。

じゃあマイケルは凄くないのかと言えば
そうじゃないですよね。断然、凄かった。
彼のステージは完璧なエンターテイメントでした。
ディズニーランドは毎日完璧なショーをしますが
マイケルも、まさにそうだったと思います。
表現者としての意識の高さは桁違いだったと思う。


子供の頃に売れたミュージシャンでもあります。
こういった人達は声変わりという、
ある意味では残酷な出来事が待っていて、
やってきた事への評価は変わりませんが、
これから更に歌手をやっていくのであれば
一度ゼロに戻ると言って良いかもしれません。
マイケルは声が変わっても売れ続けました。
クインシー・ジョーンズとの仕事は彼のキャリアで
決定的なポイントになったと思います。

マイケルはMTVの実力者からサポートされて、
白人向けテレビだったMTVに、
初めて登場した黒人でもあります。
当時、マイケルは諦めていました。
自分は黒人だからMTVは無理だと。
でも彼の才能を信じた人達は
マイケルの「ビリー・ジーン」を
狂ったかのようにMTVで流し続け、
彼は肌の色を超えた存在になりました。

まるで永久に満足しないかのように
容姿が次々と変わっていきました。
子供の頃、大好きだった父親に
成長期やニキビの事をチクチク言われた事を
ずっと苦しみとして、抱えていたようにも思えます。
肌の色の変化については色んな説がありますけど
僕個人は本人が話していた「生まれつきの病気」
というのを信じてあげたいと思っています。
知り合いに同じ個性の人が居るので。
ただし、あそこまで極端には色が抜けにくいハズですから
手袋を付けて隠したり、薬品的な処置をする事で
時間をかけて全体的な色を
合わせていた可能性はあると思います。
そして彼本人は、最終的に自分は肌の色を
超越した存在なのだと考えるようになった気がします。

ゴシップも多かったですが、それは彼が
いちいち反論しなかった事も影響していると思います。
何か噂があるたびに否定するスターも居ますが、
徹底的に無視するスタイルの人も居ます。
報道された事が全て嘘なのかどうかは分かりませんが、
純粋なので、マイケル本人が悪意を感じた記事には
関わりたくなかったのかもしれません。
否定すると、否定するって事は本当なんだろと言われたり、
反応すると部数が伸びるからもっと攻撃してきたり。
この手の商売の汚さには終わりがありません。
全てを訴えて金銭的被害を与える方法もありますが、
マイケルは基本的に、それをしませんでした。

「ヒストリー」というベスト版も兼ねた
アルバムが好きなのですが、そのアルバムジャケットには
正直言って、引きました。自分という存在を
大きく、大きく見せようとする方向性は
僕個人の中では違和感があったし、切なくも感じました。

MRSAに感染したとも聞きますし、
火傷の猛烈な痛みから痛み止めを
乱用していたとも伝えられてます。
それだけならまだしも、彼は体型維持も兼ねてか
極端な小食だったらしいので、
食べずに強い薬を飲んでいたなら
心臓に強い負担があった可能性もありますね。

愛情も憎悪も、人間のあらゆる感情を向けられながら
完璧なショーを見せる表現者で在り続けた人。
50年。よく頑張ったなあとも思います。


by frat358 | 2009-06-26 21:24 |
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