スライディング・ヘディングシュート2


3000坪の冒険と、時々音楽すごく映画。たまにサッカー
by frat358
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台風が過ぎるのを待つ間。









不思議な映像がアップされてたので夢中になって見ました。
初来日前のロード・ウォリアーズの宣伝用番組と思われます。

当時の面白い動画が見れるのもyoutubeの良さだなと思います。
放送権利がどうのって話は勿論あるし無視して良い事じゃないけど
80年代のロード・ウォリアーズの映像を
2017年のテレビで放送してくれと日テレに頼んでも
OKしてくれる訳ないですからね;てゆうかもう廃棄しちゃって
テレビ局には映像が残ってないと思うし。








<大人になってから知った事>

ロード・ウォリアーズは映画マッドマックスが元ネタというか、
こういうのが流行ってるから似たようなキャラを
プロレスでも出そう~というのが発案だったこと。
北斗の拳もマッドマックスが要因で始まった漫画なので
色んなメディアに影響を与えた映画なんだなと改めて思います。

立派な体で真面目にトレーニングしていた若い2人をスカウトし、
マッドマックスのような服装を与えてみたのですが
1つだけ問題があったそうです。それは・・・


2人とも、笑顔が可愛い過ぎた。


これを問題視して
髪型はアニマルがモヒカン、ホークは逆モヒカンにしたそうです。


「笑うと可愛いロード・ウォリアーズ」


・・・これだと確かに売りずらいので、分かる気もする。


その後、ウォリアーズの2人は
マネージャーのポールによる発案なのか
2人の詳細なキャラ設定が完成していきます。


シカゴのスラム街で
ネズミを食って生活してたホークとアニマルを
マネージャーのポールがスカウトし、2人を科学で改造し、
核ミサイルにも耐える人造人間にした。


・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

・・・・・・・・・

マネージャーのポールがキャラ設定という点で
非常に貢献したのは間違いないようで、
2人は本来とてもマジメなので、ポールが付いてないと
趣味を聞かれても「トレーニングです」とか
「昆虫採集です」とか素で答えてた時期もあるらしく、
そうするとポールが耳打ちして、
「違う!殺人記事のコレクションだと言え!」とか
2人に指示を与えていたそうです。


マネージャーのポールさんは、どうしてるんでしょうね。
ある意味では彼の発想と、それを具現化した2人によって
子供の頃の私は夢中になっていたとも言えますし。

実はポールさんにもキャラ設定があって、
父が男で母も男の家に生まれたけど(両親がホモだったと)
何故か生命の神秘で生まれてきたそうです;
8歳でNASAに雇われて、資産が10億ドル。
これが事実ならポールさんの現在を
心配しなくても良いのですけど。まあ、そんな訳ないので・・・


試合映像の際のナレーションも凄いです。
ウォリアーズ名物のリフトアップしている場面で




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「人間が本来もっている、優しさが無い!!!」



酷い言われ様です。
いま見ると、いかに2人が優しいか分かりますよね;
ちゃんと受け身が取れるように投げてる。
おかげで技を受ける方は出川哲郎さんのように
大袈裟なリアクションが可能になっています。
本当に痛かったら動けないからね;
いまになって冷静に考えると、投げられている相手よりも
抱えあげてから投げるウォリアーズのほうが肉体的にキツイ。
てゆうか「優しさがない」という意味では
スティーブ・ウィリアムスの殺人バックドロップとか
角度を変えて垂直に落とす時がある川田利明のパワーボムとか
相手が立ち上がれなくなるまで投げまくる秋山準の
連発エクスプロイダーのほうが、よっぽど優しさが無いのですが。
当時の全日本の危険技は、ほんっとに酷いよね・・・



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冒頭のタバスコ一気飲みも本当はイヤなんだろうけど
きっとみんな喜んでくれると思って
頑張って飲んだんだろうなーとか、色々と切なくなります;
タバスコだけガブガブ飲んでも美味しい訳ないし・・・



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「汗が吹き出してくる前に、3人は店を出た!!」


こんなナレーションを入れたら怒られるだろうか。
ここまでやるなら、気管支にタバスコが入って
ムセる場面も見てみたい。それでも平気か知りたい。無理か。



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この場面は・・・クルマを盗むのかと思ったら
クルマの持ち主も一緒に乗るのが面白いですね(笑)
てゆう事は、ただのヒッチハイクじゃないか。
優しいんだか免許が無いんだか不明ですが・・・



私はロード・ウォリアーズが大好きでしたけど
レスリング自体は・・・上手じゃ無かったですよね。
でも自己プロデュースが非常に上手だった。
試合前も、試合中も、試合後も。本物のプロだった。
それを可能にしたのはマネージャーだったポールさんの発想力と、
忠実に具現化しようと努めたホークとアニマルの生真面目さ。



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ちょっと感心したのが、この場面。
こんな暑苦しい場面でも、マネージャーの顔が
ちゃんとカメラに入るように2人は立ち位置を工夫してる。
ポールの指示なのか、2人が気を遣ったのか。真偽不明ですけど。

俺が最強なんだよとか吼えるレスラーは今も居ますが、
ウォリアーズのように全ての意味でプロとして立ち回れる人は
全く居ないと思います。演じる側が最強を表現できなくなってる。

リフトアップ、パワースラム、ラリアート、パンチ。
2人は自分が出来る事だけしか、しなかった。
その為に試合時間が短くなったけど、
出来る事だけを完璧にこなしたので
強いから短時間で見えるように演出する事が出来た。

私はアニマルのパワースラムが大好きでした。
アニマル・ウォリアーのパワースラムは相手への痛みよりも、
技の衝撃でマットが大きい音を出す事を
何よりも優先していたように見えます。



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自分が凄く憶えているのは東京ドームでの試合で、
ホーガン相手に場外乱闘をしていたホーク・ウォリアーが
かなり、とてつもなく流血をしたんです。
ご存知とは思いますが、プロレスでの流血は
レフェリーに額を切ってもらうか、
本人がカッターナイフの先端などを隠し持って
うずくまっている時などに自分で額を切ります。
これをプロレスの世界では「ジュース」と言います。
意図せずに流血してしまった場合は「生ジュース」と言うそうです。
ホーガンが派手に椅子で殴るし、ホークの流血量が激しいので
生ジュースなんじゃないかと心配になりましたけど

勝利したホーク・ウォリアーはダラダラと流れてくる自分の血を
ちょっと恥ずかしそうに拭いながら去っていきました。
今になって映像で見てみると、切りすぎたんだろうな・・・って。
真面目な性格が招いてしまった事故だったのかもしれません。





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by frat358 | 2017-09-16 04:40 | プロレスラー列伝 | Comments(0)

優しい大巨人



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アンドレ・ザ・ジャイアントは・・・公式だと
身長が223センチ、体重236キロという事になってます。
でも彼の身近で世話をしていた人間は、声を合わせて
「いや、もっと大きかった。もっと重かったと思う」と。
履いていた靴のサイズは38センチもあったそうです。

基本的にレスラーは自分を大きく見せる為に
身長や体重でサバを読みやすいです。本人が嘘を嫌がっても
団体の意向により、実際の身長より大きく書かれる事がある。


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でもアンドレの場合は、自分を実際よりも
大きく見せる事には・・・興味が無かったようです。
240センチくらいの高さにあるライトに頭をぶつけたり、
亡くなるまで身長が伸びていたと言われてるので
実際には245センチとか、途方もない身長だった可能性があります。

身体の大きいレスラーは他にも沢山いましたが、アンドレのように
体重もあって、なおかつ飛び技まで可能だったのは人類初でした。
大きさ、技のダメージなどで、比較できるレスラーが居ません。


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3カウントを奪われることを極度に嫌がり、その代わりに
自分が投げられる事には、あまり抵抗が無かったそうです。
相手が優秀なレスラーであれば、タイミングを合わせて
投げさせてくれる寛容さもありました。
アンドレを投げたレスラーは数人ほど居ますけど、
「投げる事が出来たのはアンドレが優しいから」と話していたのを
私は印象深く記憶しています。


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アンドレは日本でも長く活躍しましたが、
日本人が嫌いだったそうです。
本国のアメリカでもアンドレが歩いていれば目立つし、
好奇の目で見られたそうですけど。日本人というのは
遠巻きに、指をさしてくると。当時は外人自体が珍しかったし、
なおかつ220センチ以上の大男となれば、何処へ行っても
指をさされて「すげえ!でけえ!」と。
これでは人間関係が築けない。

自分を怪物のような存在ではなく、人として扱ってくれれば
とても友好的だったそうで、問題があったのはアンドレではなく、
日本人の反応だったように自分には思えます。


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ある日、新日本プロレスでの試合で、アンドレが対戦相手の前田日明を
「殺す」と言って大騒ぎになった事があります。
「前田はプロレスを舐めてる。今日の仕事は前田を殺す事だ」と;

アメリカのレスラーは試合前に大口を叩くのが当たり前なんですけど、
猪木や藤原、アンドレの世話もしていたレフェリーの高橋氏は
いつもは穏やかなアンドレが異常な事を言うので、
大変な事が起きると感じたようで、試合中もリングの周りを囲んで
取り返しのつかない事が起きないように備えました。
イザとなれば猪木や藤原がリングに乱入して、
グチャグチャの没収試合にしようと考えていたのが
当時の試合映像を見ると垣間見えます。









前田の蹴りを受けても全くリアクションをしないアンドレ。
足を取られてアキレス腱を決められても痛がる様子を見せない。
馬乗りにされると腕力で前田を倒して上に乗り、
かと思えば、立ち上がる時の無防備な前田には手を出さない。
まったく、噛み合わない。こりゃダメだと感じた猪木は
リングに乱入して、没収試合にしてしまいました。
痛がらない、付き合わない、反撃しない。
前田さんの良さを全否定したような試合で、
ある意味では「殺した」と言える内容だったと思います。




職業がプロレスラーなので不思議に思うかもしれませんが、
アンドレは人を傷つけるのが大嫌いだったそうです。
いつも対戦相手が自分のせいで怪我をしないか心配してたと。
自分が怪我をした時は相手に寛容で、
俺のせいさ!気にするな。でもこれは、君が怪我させたという事にしよう、
そうすれば君はアンドレを負傷させた男として有名になれる。
俺が復帰した時は因縁試合になって盛り上がるよ、と言って
相手をかばってくれたそうです。

前田さんというのは、アンドレとは真逆のレスラーで、
膝の裏を蹴ったり、顔を蹴ったり、鍛えられない場所に向かって
本気で蹴りを出してくるレスラーでした。その姿勢を
プロレスファンは熱狂的に支持した面もあるのですが、
相手に怪我をさせる事を躊躇しない前田さんの戦い方は、
アンドレにすれば許せなかったのかなと、今では思います。
前田さんは先輩だった長州力の目を試合中に蹴り、
怪我をさせた事で団体を解雇され、格闘技の道へ進みます。


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アンドレと言えば大酒飲みでも有名で、もはやそれを
アル中という言葉で表現すべきなのかどうか;
ビール瓶で80本以上も飲んで店を追い出されたり、
付き合いで飲んでた人がぶっ倒れても酒を飲みたがり、
そのまま朝まで帰ってこなかった(1人で飲んでた)とか、
300本くらい飲んだ時は、さすがに気絶したそうですが;
晩年はワインが好きだったそうですけど
水を飲むみたいにジャンジャン飲んでしまうので
プレゼントにワインを1ダースとか渡しても
あっという間に一瞬で飲んでしまったそうです。
どんなに飲んでも酔い潰れない事でも有名でした。


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晩年は文学映画に出たりもしてましたが、
プロレスを引退すると、農場を買って
牛や馬、犬などを飼って暮らしていたそうです。
人間との付き合いは友人だけになり、
動物達はアンドレを好奇の目で見る事が無く、
やっと落ち着いた生活を手に入れました。
しかし大酒飲みなのは相変わらずで、運動をしなくなったのに
大量の酒を飲み続けた事が悪影響となったのか、
46歳で亡くなりました。


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晩年に全日本プロレスで馬場さんとタッグを組んでいた頃、
アンドレは膝が悪くなっていて、あまり動けませんでしたが
日本人を嫌いながら悪役をしていた頃とは違って、
声援に笑顔で応えたり、手を挙げてアピールする事もありました。
アンドレが変わったのではなく、日本人がアンドレという人間を
好奇の目ではなく、好きなレスラーとして声援できるまでに成長し、
その成長に、アンドレが笑顔で応えてくれたのかもしれません。
アンドレが生前に残していた遺言はただひとつ。
土葬ではなく、火葬してくれ。というものでした。

現在、アンドレの伝記映画が製作中らしいです。
そちらも楽しみに待とうと思います。






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by frat358 | 2017-07-28 17:16 | プロレスラー列伝 | Comments(2)

タイヤ交換が呼びよせた過去との対峙




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「ノアの悲劇」

クルマのタイヤ交換に40分かかると言われて、
何気なく本屋に向かい、そこにポツンと置いてあった。
明らかに信憑性が低そうなゴシップ臭がする表紙で、
立ち読み可能だったからこそ手に取ったのですが。
少し読んでみると、かなり詳細で内容の濃い本でした。
長いこと雑誌に掲載された記事をまとめたモノで、
ネットでチラホラ見かけるノア批判の震源地と思われ。
真偽不明で断片的だったプロレス団体「ノア」の闇を
完全版として扱った本なのが理解できました。
そういえば私は三沢の死後、ノアが破産に至るまでを
しっかりと把握できてないまま時間が経過している。
全日本プロレスと、そこから独立したノアが
最も好きな団体だったのに、転落の過程は詳しく知らない。
でもこういった本で、それを知るのがよいのか、
ちょっと迷いました。30分くらい迷った。
もうすぐタイヤ交換終わるなーって時間まで悩んだ。


人は誰にでも欠点があるし、欠点も含めて「その人」なので
要は欠点も認識した上で、長く付き合っていけるかだと思うんです。
ところが個人による暴露形式で他者の人間性が披露される時って
欠点だけが切り取られて大々的に報じられやすい。
暴露する人間にとって、都合のいい「誰かの話」になりやすい。
なのでこういった本を読む時は、注意深く読む必要があると思う。

でも執筆者の名誉の為に書かせてもらうと、
この本を執筆した人は10年ちかくノアを取材された方で、
自分で歩き、自分の書いた情報に裏付けまで掲載しており
決して思い込みや噂を中心にして記事にしてる訳じゃないぞと、
可能なだけ詳細に、事件や人物の内面を書いてました。
書いてました、というよりは「書いちゃってました」というか;
ここまでキッチリしてると、書かれた人は逃げ場が無くなるので
コレはコレで、おっかない本だなとか思っちゃうけど;
値段は1200円(税抜き)・・・本は高くなったなーと思いつつ、
10年の取材ならば、これくらいの価値はあると思って購入。
一気に読んで、日付けが変わる頃には読み終えてしまいました。


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ノアの話を書く前に、どうしてノアという団体が誕生したのかを
少し具体的に書きますと、まず全日本プロレスという団体があり、
社長はジャイアント馬場さんでした。馬場さんが高齢になって、
本来なら経営面での後継者はエースだったジャンボ鶴田さんですが、
鶴田さんは大病を患って他界します。
馬場さんと鶴田さんを失った全日本は、三沢光晴が継ぎました。
三沢は馬場さんの秘書だった仲田龍さんと協力して
レーザービームを使った演出や、今までになかった企画を出して
独自路線を全日本プロレスで推し進めようとしました。が・・・
現場では、馬場さんの奥さんである元子夫人が、
三沢さんと仲田さんの企画を次々と却下、揉み消していました。

馬場さんの生前、元子さんはグッズ関連とか
選手の肖像権を管理する立場にあり、テレビ出演に関しても
元子さんの許可が必要で、大抵の場合、出演OKになるのは
夫で社長のジャイアント馬場さんだけだったそうです。
他選手にテレビ局から出演依頼があっても元子さんが断ってしまう。

かつてグレート・カブキというプロレスラーが居たんですけど、
海外で、彼を主役にしたアニメを作りたいという企画があったそうです。
しかしこれも、元子さんは大反対して潰してしまいました。
理由は「脇役のレスラーが目立ってはいけない」というもの。
更に書くと、元子さんはグッズ関連のロイヤリティーなどを
全て自分のポケットに入れてしまうので、選手は試合でのギャラしか
与えられていませんでした。これは全日本の「特徴」で、
ライバルの新日本プロレスではグッズ収益も選手に渡されていた。
そして、短期的ではあったもののプロレスが大人気だった時代になって
選手の引き抜きが激しくなっていくと、引き抜きを防止する為に
新日本プロレスでトップだった選手達の年収が3000万円を超えます。
その話を横で聞いていた全日本プロレスの選手達は
元子さんへの不満を募らせていく不健康な状態になりました。
馬場さんは生前も、元子さんに任せていた事に関しては
まったくクチを挟まなかったそうです。

こういった不満が積もりに積もっていき、馬場さんの他界で
三沢さんが社長に就任すると、元子さんへの不満は臨界に達していき、
遂には社長の三沢さんが解雇されるという事態に発展します。
三沢さんは仲田さんと2人でノアを去り、飲み屋でも経営しながら
いつか試合の興行をしたいねと、小さな夢を抱えながら
出て行くはず・・・だった。でも全日本プロレスの選手、スタッフ、
ほぼ全てが、三沢さんに付いていきたいと後を追いました。
三沢はその光景を見て、自分が新団体を作ることで
仲間達の理想を実現する為に生きようと腹を括ります。
そして誕生したのが「ノア」というプロレス団体。
これは、元子さんにしてみれば三沢が起こした反乱に見えたと思います。
元を辿れば元子さんの現場介入と不透明な金銭な流れと
選手への強い締め付けが起こした結果ですけど
元子さんは馬場さんに大事にされ過ぎた面もあったと思います。
結果として、かなり世間知らずな人だったと私は思う。
こういった、少し風変わりというか、変わった人が
プロレス業界にはゴロゴロ居るので、
元子さんだけが特殊という訳でもないのですが、
スケベでおやじギャグばっかり言いつつも、ここぞという時は
必ず筋を通す生き方をしてきた三沢光晴にすれば、
元子さんは我慢できない存在だったのかもしれません。


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今では「ノア」と打って画像検索しても、
クルマの「ノア」が検索結果として並びます。
一時は新日本プロレスを凌ぐ人気を誇り、
プロレス界の盟主と評されたノアが。
とことん落ちてしまった2017年。
その経緯を振り返っていくと・・・
それこそ執筆した方への営業妨害になるので;
可能なだけ簡潔に書かせてもらうと


三沢と一緒に独立を共にし、一時は英雄視もされていた
仲田龍さん。彼が実際には人見知りで攻撃的で、
嫌いな人を社会的に抹殺する為に病的なほど動いていたり、
昔気質すぎてマスコミ受けが非常に悪かった事が、
ノアというプロレス団体を広報面で閉じた状態にしたこと。
仲田さんには会社の金を私的に流用した疑惑もゴロゴロあります。

リーマンショックの影響で大スポンサーだった日テレに切られ、
数億円にのぼるアテが無くなった事で、リストラが起きたこと。

リーマンショックで金銭的に困窮した状況になっていたら
突如として大金持ちの女性スポンサーが現れ、
すがる思いで仲良くしていったら、実はその女性が詐欺師で、
色んな場所で合計、数十億円を騙し取っているような
極悪犯罪者だったこと。なおかつ、その女の夫が元ヤクザだったこと。
これによってノアは暴力団と関係した団体という烙印を押されたこと。

ノアで中堅レスラーだった泉田(いずみだ)さんが
この女詐欺師から9000万円の詐欺に遭い、
同じ詐欺師から三沢さんの奥さんも、三沢さんの他界後に
5000万円の詐欺に遭ったこと。


以上の点かなと思います。他にも色んな話があるんですけど
もっと知りたい方は本を買ってください;
まあ、これくらいの文章なら報道された範囲なので・・・



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詐欺の被害に遭った泉田さんは
告発本、または暴露本ともいえる本を執筆した事で
当時はノアファンに裏切り者扱いもされました。
日テレがスポンサーを離れた後に起きたリストラで
泉田さんはリストラ対象になった選手です。
リストラされた後に本を出したので余計に叩かれた。

詐欺に遭った泉田さんは詳細を知る人物であり、
彼が告発しなかったら様々な事が分からずじまいだった。
でも本当は・・・本の執筆なんて、したくなかったんだろうなと。
というのは、事件が起きてから2年も経過してから
本を出してるんですよ。リストラされたとはいえ、
本来なら世話になったノアの為に黙っていたかったんだろうと。
亡くなった三沢さんへの恩義を2年という沈黙の時間に私は感じます。
でもそれ以上に三沢さんの死後は隠蔽に隠蔽を重ねるノアの体質と
三沢さんが亡くなった直後にも関わらず、偲ぶことよりも
自分の権力基盤を維持する為に立ち回っていた仲田さんへの不信感が
泉田さんの中で大きかったんだと思います。
リストラで仕事を失い、詐欺で9000万円を奪われて借金地獄に陥り、
生活苦で書いた面もあると思いますが、その辺は本に詳しく書いてあります。

そして恐ろしい事に、この詐欺事件に深く関わった人達は
事件から数年の間で根こそぎ他界しました。
渦中の中心に居た仲田龍さんは51歳で怪死。
詐欺師を団体に紹介してしまった永源遥さんは70歳で急死。
そして泉田純さんも51歳で急死・・・
詐欺事件とは直接的に関わっていないスタッフに関しても
団体バスを運転担当していた元レスラーが不審死、
役員が理由不明で解雇、レフェリーをしていた西永さんが謎の失踪。
叩みかけるように謎や隠蔽、不祥事が続きました。


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ちょっと暗くなり過ぎているので明るい話題も少し書くと、
ノアと言えば、小橋建太さんも有名なレスラーでした。
怪我の蓄積や、癌を患って引退しましたが、現役当時は
三沢さんに代わって団体エースの座を引き継ぎ、数年に渡って
チャンピオンに君臨。練習量も団体ナンバーワンで
ルックスも良いので女性ファンが沢山居た。当時、練習所には
ひっきりなしに「小橋さん居ますかぁ~?」と甘い声の電話が
鳴りまくっていたそうですが、なんと小橋は・・・
どんなに沢山の女子が迫ってきても、全く性的な関係が無かったそうです。
女性問題の黒い噂なんて1つも無い。絵に描いたような誠実男。
迫ってくる女性を雑に扱うこともなく、距離感を保って大切に応対し、
なおかつ肉体的な関係は全く無い。レスラーの鑑すぎて怖いくらい;
ホモだった訳でもなく、現在は奥さんと静かに暮らしています。

かつてジャンボ鶴田さんや三沢さんがエースの座を後輩に譲ったのに
小橋さんは後輩にエースの座を譲らないまま引退したので問題視もされたけど、
あまりにも完璧過ぎる小橋さんには、自分を後継できると思う若手は
見当たらなかったのかもしれません。癌治療と怪我の治療で、
後継者の件まで頭が回らなかった可能性もあるかなと思います。


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最後に泉田さんの話で締めます。
泉田さんは背も低く、ルックスにも恵まれず、
自己アピールも下手で、繊細で、細かいことをいつまでも
根に持ってしまう面があり、大雑把な人が多い体育会系の世界では
かなり浮いた存在だったと思います。
仲間が出世していく中、いつまで経っても中堅レスラーだった。
人気商売の世界に居る以上、違う団体であれば
解雇されていてもおかしくないような前座レスラーでした。
でも三沢さんは、先行きも暗い泉田さんを見捨てなかった。
「お前なんか要らない」とは言わずに受け入れて、
年収700万~800万も与えていた。この数字は
泉田さんのポジションを考えたら、とんでもなく高額です。

泉田さんが自分の将来について悩んでいた頃、
ジャンボ鶴田さんが相談に乗って、こう言ったそうです。

「泉田くん、これだけは言わせて。
プロレスには上も下も無いんだよ。
人生は、みんな違う。プロレスも同じだよ」


泉田さんのリストラを告げたのは三沢さんでした。
長い沈黙のあと、三沢さんは言ったそうです。
「来年から50試合に減る」・・・告げられた言葉から
泉田さんは2年後に解雇されると悟りました。
「お世話になりました」と泉田さんが頭を下げると
三沢さんは突然、大声を出したそうです。
「まだ終わった訳じゃないんだ!これから始まるかもしれない。
ノアの名前つかっていいからな。
お前の為に出来る事を、これからもするからな」

泉田さんが詐欺に遭い、三沢さんが試合で亡くなるのは
それから数ヵ月後の事でした。
ほぼ同時進行で、2人の悲劇は起きました。



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明るく楽しく、激しいプロレスを目指した全日本プロレスは変容し、
頑張った人が報われる会社を目指したノアは世界不況と詐欺師に翻弄され、
消えていきましたが・・・この人達を愛して良かったと思える回顧が在って、
泉田さんが伝えてくれた記録に、私個人は、とても救われました。






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by frat358 | 2017-07-18 19:31 | プロレスラー列伝 | Comments(2)

カサンドラ宮城


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仙台で面白いレスラーが誕生したと聞き、チェックしてみました。
可愛い系の女子だったのですが、本人は悪役をしたかったらしく。


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テレビ番組を通じてカサンドラ宮城と命名され、念願の悪役に。
それでは、伝説となった「カサンドラ宮城、誕生記者会見」をご覧ください。







「新しい名前を、どう思っているか」


「悪に染まっている感じで、良い感じだ」



「それは、字は誰が書いたんですか?」



「自分だ」


「・・・・・・筆で?」



「筆だ」


「愛されキャラだったのに、どういう心境の変化があったんですか?」



「朝、起きたらこうなっていた」


「もうちょっと・・・詳しく・・・」



「夢で、魔王が・・・夢で魔王が、それで、まお・・・悪になれと・・・告げたんだ」


「魔王とは、どんな会話をされたんですか」



「これから、頑張れと・・・」


「メイクは、ご自身でされたんですか?」


「違う。朝起きたらこうなっていた」



「(笑)(笑)(笑)」


「なぜ笑う?」



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という訳で、最初の記者会見ではキャラ設定が定まっておらず、前途多難を感じさせましたが、
(てゆうか背後で里村さん笑ってるし・・・)
その後は試合を重ねながらキャラクターを完成させたようで、現在では


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このように仕上がっております。



しかし内面から面白さが滲み出てしまう不幸な、いや幸福な星に生まれたようで、
どんなに悪い事をしても「可愛い」「面白い」と呼ばれているようです。
なのでもう、無理をせずに等身大で勝負しているのか、
youtubeに転がってる動画も不思議な世界となっております。


↓昼下がりのカサンドラ宮城↓








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スラへディはカサンドラ宮城選手を応援します。






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by frat358 | 2017-05-03 23:53 | プロレスラー列伝 | Comments(0)

未だに自分の中で消化できないドキュメント



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イギリスBBC放送製作の
「ガイア・ガールズ」を見ました。以前にも見てるので二度見です。
今から16年くらい前に公開されて話題になりました。
この映画に登場する女子プロレス団体ガイア・ジャパンは
既に解散しています。ガイア・ジャパンが最も元気だった時代のドキュメント。
基本的にはデビュー間近だった竹内彩夏さんの苦闘を記録した映画です。


最初に見た時は物凄く違和感があって、長く悩んだ映画です。
大好きなガイア・ジャパンのドキュメント映画なのに
一体こりゃ・・・なんなんだ?と。何が気に入らなくて不快なのか、
自分でも説明できないというか。

当時、見た人に衝撃を与えたのが
竹内さんが先輩のドロップキックを顔面で受ける事になり
(意図的に顔面を狙って蹴っている)そのせいで前歯が折れたのか
クチが切れたのか竹内さんが大流血し、
プロレスの怖さを教わる・・・という場面。賛否が分かれました。
否定のほうが圧倒的に多かったです。私もこの場面に関しては
とてつもなく不快でした。未だに納得できません。
でも、この件を切り取って判断する前に、
ガイア・ジャパンとは何なのかを考える必要があります。

この団体は特徴として小さな選手が多かったんです。
運動能力も基礎体力もメンタルも素晴らしいのに
身長や身体の大きさが足りなくてチャンスを掴めなかった若い子や、
大怪我や諸事情でプロレスラーの夢を諦めた女の子達が
ガイア・ジャパンで長与千種と共に、理想を目指して戦っていく。
そのコンセプトが大ウケして人気団体になりました。
小さな選手が努力で駆け上がり、フリー選手として参加していた
アジャ・コング選手や北斗晶選手に死ぬ思いでぶつかっていく。
その構図をファンは本気で応援しました。

でもこれらが成立した要因は、ガイアジャパンの女の子達が
凄まじく、負けん気が強かったからじゃないかな、と
今になって思うのです。そういえば身長が低い人って
気が強い子が多い。彼女達のメンタル的な強さを引き出したのが
長与さんの厳しさだったのかもしれない。

長与さんは子供の頃、父親に叩かれ、罵られて育ちました。
その生活の中で「今に見てろ」と反骨心を成長させて
プロレスの世界でも大成功していきます。
でも人間と言うのは罵られ、叩かれ、それに対して
負けてたまるかと思える人も居れば、
こんなの耐えられないと思う人も沢山居ますよね。


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あまりにもプロレスを
崇高なモノとして捉えているせいなのか、
他の教え方が長与さんには分からないのか、
負けん気の強い一期生達が大きく成長した事も
長与さんの背中を押したのか、
間違いなく手加減してるのも見てて分かるのですが、
這い上がらせる事を目的として精神的に追い詰める育成は
凄まじいとしか言いようがない。
竹内さんが真面目で一途な事も足し算になって
見てる人を、どんどん不快にさせていく;

あと・・・ちょっと問題的な事を書かせてもらうと、
これは自分の誤解であって欲しいのですが、
長与さんって弱い人の気持ちが分からないのかもな・・と。
泣きながら話を聞く竹内さんに向かって
嘘泣きだろ、本当に泣ける時は表情が無くなるんだって
言う場面があるんですけど。それは強い人の場合ですよ。
弱い人は涙を自分で止めたくても止まらないし、
怖いと泣いちゃうもんです。

弱さを抱えながら大好きな場所で苦闘する女の子に
弱さそのものを否定しながら追い詰めていく姿勢は
まるで人間性を破壊しているようにも思えました。
基礎練習には問題なく付いてきてたし、
先輩への礼節もわきまえてるし、性格も明るくて
集団生活での協調性も備えている。
いったい、竹内彩夏というプロレスラーの
何が問題なのか映画を見てる人に伝わってこない。
そりゃあ、試合の作り方は下手でしたけど。
でも見てる人に頭の良さではなく必死さを感じさせるタイプで
それはそれで個性だと思います。

プロレスって他のスポーツと違って特殊な世界でね、
メンタルが弱ければメンタルの弱さを売りにしてもいいし、
コミカルを売りにして笑いを取ってもOKなんです。
顔がキレイなら、顔を売りにしてもいい。
もちろん基礎体力や受け身はキッチリ憶える必要ありますが、
お客さんを呼べるなら、それで問題ない。

叩かれ、罵られながら強くなっていったのは
長与さんだけじゃないです。アントニオ猪木もそうです。
猪木は力道山に酷い暴力を受けながら強くなった。
でも猪木という人は力道山のようには、ならなかった。
それは「こんな先輩になりたくない」と思ったのも大きいけど
山本小鉄さんという育成が上手な仲間が猪木さんには居たので。
小鉄さんのような存在が長与さんにも居たらなーとか、思いました。
自分らしく生きる中で、背負ってはいけない事も
長与さんは背負っていたのかもしれません。
竹内選手はデビュー後、わずか1年ほどで引退しました。
プロは結果が全てと言いますが、プロが育成した若手が
1年で引退するという事は・・・それが答えだと思います。

でも他の辞めていく練習生に関しては論外で、
基礎体力が無いなんていうのはナメてるとしか思えない。
スクワット300回とか腹筋100回なんていうのは
入門前に自宅でも出来たハズです。それさえ、していない。
基礎練習に付いていけず、雑用も嫌がるようでは
どんなスポーツ界でも戦っていけないと思います。








里村選手は現在、世界屈指の女子プロレスラーと評しても、
問題ないほどに・・・生きる伝説のようなレスラーに成長しました。
でも自分が思うのは、里村選手のようになれなくても
プロレスラーを名乗っていいと思うんです。
北斗晶さんや里村さんは体格に恵まれてなかったけど
若い頃から運動神経は天才的でした。
努力を惜しまない性格でも運動神経が鈍いなら、
同じスタイルを目指して大怪我をする可能性も高くなります。
プロレスって自分なりに輝けば良い訳で、
そこがプロレスの良さというか、特殊性であり、
私がプロレスを好きな理由なので。
うまく書けませんけど、そんな感じです。




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by frat358 | 2017-04-26 23:42 | プロレスラー列伝 | Comments(0)

2人の、その後


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テレビ局もネタが尽きてきたのか、
「あの人は今」って感じの番組にプロレスラーも登場しているようで。
ざっと見てみましたがハンセンとキッドの現在を見る事が出来ました。

そういえば、ハンセンが「ウィー」って言うじゃん?
あれね、本当は「ユース」って言ってるんだよ。
スペルはこれね。youth.若いって意味。

若き日のハンセンが来日した頃、若い世代で業界を盛り上げようと
「ユーーーーース!」って叫んでたんです。
でも誰が聞いても「ウィーーー!!」としか聞こえなかった。

ハンセンは、この聞き間違いを放置してきた。
ひょっとしたら、早い時点で訂正してたかもしれないけど
ファンは「ウィー」と叫んで喜んでるし、メディアも一緒になって
「ウィーでいいや」になったのかもしれない。
ハンセンも一緒になって「もうウィーでいいよ」みたいな。
そんな感じでしょうか。でも引退してから公の場で、
突然こんな事を言ったんです。





「俺はウィーなんて叫んだことは無い」




いまさら・・・そんな・・・
まあ確かに、ウィーだけじゃ英語として意味不明だが。
でも実はね、私も何度か、ひょっとしたら
ウィーじゃないかも?って・・・思った事はある。
「ちぇーーーーす!!」って聞こえた事があって、
ひょっとしてcheers!!(カンパイ)って叫んでるのかなって。

それでもまさか、youthとは思わなかった。
意識して聞いてみると、本当にyouthって言ってました。








現在のハンセン。主夫になりました。
アメリカは医療費、高いもんなあ・・・
さすが馬場さんだ。家と12ヶ所の手術ができる程のギャラを
ハンセンに渡してたんだな・・・偉大なるジャイアント馬場。



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続いてダイナマイト・キッド。
引退後はホームページも作ってましたが
ふと気ずけばサイトが閉鎖されていて。
その後、新日本プロレス時代のDVDが発売されて
キッドの姿を見る事が出来たんですけど
なかなか現住所というか、所在地がハッキリせず
引越しも多いようで行方知れずでした。
特にここ数年は何処に居るのか不明で。









まさかの地上波でキッドが登場。
タイガーマスクの特集をするにあたって
久々にキッドの姿を見る事が出来ました。
脳卒中で倒れてからは、ほとんど公の場に出てきてません。
詳しく知らないけどイギリスは医療費が無料なので
治療費に関しては大丈夫だと思います。



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キッドは、プロレス関係者との繋がりを
自分から切ろうとしているように思える。
関係者には誰にも伝えずに引っ越すから
消息不明になるのであって、その姿勢には意思を感じます。
もう、なんか、言葉も出ませんが。奥さんが居てくれてよかった。
タイガーマスクこそがダイナマイト・キッドというレスラーを
誰よりも知っている。そういう事かなと思います。
キッドは、ずっと私の1番です。ゆっくり休んでね。





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by frat358 | 2017-04-02 20:40 | プロレスラー列伝 | Comments(0)

インディーという名の開拓地

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ハヤブサが亡くなりました。
あんまり詳しくないので書くべきじゃないなって思ってたんですけど、
ハヤブサの事を思うと、インディーという場所を
考えずにはいられないので、ちょっとだけ書こうと思います。
基本的に世の中はメジャーと呼ばれる団体や
企業に就職しないと、やりたい職業には就けないようになっていました。
そこで落選した人は夢を諦めるしかなかったんです。昔はね。
でも、時代は変わっていきました。音楽の世界でもネットワークが発達して
レコード会社と契約しなくてもデータ販売できるようになったので、
大量のCDを作る必要もなくなったし、会社と契約を切られても
根強いファンが支え続けるならば好きな事を単独で続けたり、
始めたりする事が出来るようになりました。
映画もデジタルが発達し、かなり安価で
映像機材が購入できるようになって
低予算ながらも好きなものを世に出しやすくなりました。
プロレスの場でも、有刺鉄線や電流爆破といった企画が大ウケして
メジャー団体を引退した選手や、オーディションで落ちた子などが
次々と集まり始め、インディーを支えるファンを小規模ながらも
全国で生み出していった事もあり、プロレスのインディー団体は
乱立する時代を迎えていきました。

ハヤブサ選手が所属したFMWは、インディーの中でも
大きな団体でした。ハヤブサはエースであり、スターでした。
動きの1つ1つに独特の華があって、立ってるだけでも美しかったし
キレのある動きは、生で観戦するファン達を本当に楽しませてくれた。
ただプロレスというのは、サーカスのように移動しながらの興行なので
宿泊施設や移動バスの確保、会場のセッティングに後片付けなどなど
極めて肉体的にも精神的にも要求が激しい世界です。
インディーは円滑に物事を進める為の人数が足りないとか、
予定していたギャランティーの確保が難しいとか、
様々な事が発生しやすい場でもあります。

本当に好きな事を見つけて、本当に好きな事で生きるのは
幸せな事です。だからこそ頑張れるのですが、
だからこそ日常的に無理もしてしまう。
法的に違反な行為や状況も、見て見ぬフリをするのが常態化していく。
そして一線を越えたとき・・・
ハヤブサのような悲劇が起きてしまうのでは、と。
彼の頚椎を破壊した試合の映像は、
当時ケーブルテレビなどで普通に放送されました。
しかしこんなの放送していいのか?って思うほど恐ろしい映像で、
プロレスが分からない人に簡単に説明するなら、
高い位置からのバク転を、頭から落ちた感じでした。

ハヤブサはスター選手で、彼が試合に出れないのであれば
試合を見に来ない観客も沢山発生します。ハヤブサもそれを分かってたし
自分の責任を、これ以上ないほどに感じながら試合をしてたと思います。
疲労でボロボロの状態でも試合に出たハヤブサは、
肉体がマトモに動かなくても観客が見たいと思っている技にトライし、
そして・・・頚椎を損傷しました。残酷な言い様ですけど
彼が手抜きを出来る人間であれば
これほどの大怪我は、しなかったかもしれません。
ハヤブサが47歳で死んでしまったという事は
プロレスファンにとって、あまりにも残酷な結末で、
2001年の大怪我から懸命にリハビリを続けて、
いま2016年ですよね。もう一度リングに戻ろうと
2016年まで戦った人です。彼の戦いは今年、終わりました。
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でも、彼の人生を自分の知ってる限りで思い返すと・・・
ハヤブサは車椅子に座ってからもプロレスをしてたのかもしれません。
首から上が動くなら・・・という思いもあったのか
リハビリを続けながら作曲もして、シンガーとしても活動をしてました。
肩書きはシンガーソングレスラーと名乗っていました。
講演会もしていました。出会う人達に自分の姿と、
自分の諦めない生き方を見せて
沢山の人を元気にしていったんだと思います。
なので今年、ハヤブサは引退したんだと思って、
彼の旅立ちを見送ろうと思います。
短いつもりが長くなってしまいました;
お付き合いありがとうございました。
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by frat358 | 2016-03-04 23:06 | プロレスラー列伝

女子プロレス界の事件に関して。

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女子プロレスが久々に話題になってるので
自分の意見を書いておこうと思います。
安川悪斗選手と世IV虎(よしこ)選手が
試合で拳を握ったまま殴り合いになり、
安川選手が頬骨、鼻骨、眼窩底を骨折。
映像や写真は沢山ネットに出ているので
興味ある方は検索してみてください。
(スラへディは凄惨な画像は転載しません)
眼窩底は眼球を支えている骨で、
簡単に折れる割には折れると眼球が支えられず、
眼球が下に落ちてきたり
物が二重に見えたりする厄介な骨折です。
しかし鼻骨は折れたままにしておくと
鼻が曲がったまま変形治癒してしまうので、
出来る限り以前の顔に戻したいなら
まず鼻を直そうという事で、鼻を優先して
手術が始まっているようです。

安川選手は難病を患っている選手で、
今回の試合は復帰戦だったようです。
世IV虎選手との確執もあり、
復帰戦でテンションも上がっていたのか
試合開始早々に拳で殴りにいきました。
プロレスは危険と安全の境界が
非常に曖昧なエンターテイメントで、
基本的には顔とか下腹部とか股間などの
鍛えられない場所への攻撃は禁止ですが、
禁止されてる事を、あえてやる事で
観客が盛り上がるという演出もよくあります。
世IV虎選手は顔面へのパンチを受けた事で
プロとしての意識よりも
長年の嫉妬や確執が臨界に達したのか
がんがん殴ってやり返してしまい、
最終的には一方的に顔を殴り続ける流れに。
プロレスゆえにレフェリーも、
演出としてやり合っているのか
シャレにならない自体なのか、判断が遅れます。
セコンドなども含めて安川選手の顔を見たときに
異常事態をようやく察知し、試合中止になりました。

こういう、プロレスの事件が起きた場合は
東スポを見るのが一番です。どういう訳か東スポは
プロレスに関してだけは、空気を読んだ記事はもちろん、
正確な記事を書くことも出来る不思議な新聞です;
試合後は病院に直行した安川選手ですが、
被害者の安川選手も世IV虎選手に謝罪する気持ちが強く、
世IV虎選手が見舞いに来た時も
自分のほうから謝っていたそうです。
こういう流れは一般社会では理解しがたいですが、
自分が吹っかけた流れで試合が壊れてしまった責任を
安川選手も感じている状況。

私がこのニュースを知って最初に心配になったのは
実は、世IV虎選手のほうなんです。
なんでかっていうとね、移動興行の会社っていうのは
必ず暴力団と繋がりがあるんです。ほぼ100%。
相撲も以前、問題になりましたよね。
でもこの時スポーツ記者が「本気で取り締まったら
相撲が無くなってしまう」と苦笑しながら
話していた事もあるように、
基本的に地元暴力団との関係性というのは
避けられない世界なんです。まあ相撲は
かなり本気だして暴力団と決別しましたが、
プロレスとか格闘技はねえ・・・
NHKで放送されてる訳でもないし。
ダイナマイトキッドの自伝にも暴力団の話は
少し出てくるし。そういう現状なんです。

移動興行の会社には、もうひとつ暗黙の
基本ルールがあります。それは対戦相手を
壊してはいけないというルールです。
スター選手の欠場は、興行収入に直結します。
見たい選手が見れないなら、客は来ません。
なので派手にやってるように見せつつも
骨折などの長期離脱になる怪我を負わせるのは
絶対にしてはいけない事なんです。
暴力団も関わってる世界なので
最悪の場合は責任を取って引退じゃ済まない。
他団体からも若手の教育が
出来てない団体だと思われて印象が悪くなります。

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まあ、私の印象でしかないんですが
世IV虎選手の謝罪会見を見た感じでは、
裏からの圧力どうこうよりも21歳の女の子が
精神的に参ってるように見えたので、
危ない面では穏便に済みそうなのかな?と。
プロレスの世界は、こういった事件が起きても
世間から注目が集まったチャンスとして扱う事も多く、
再戦させれば話題になるのは間違いないので。
恐らく最終的には両者に再試合させて
ハッピーエンドと観客増大を狙うと思います。

ルックスも良く、話題性もあった安川選手に
元ヤンキーで小太りな世IV虎選手の嫉妬という図式も
ひょっとしたらあるのかも?しれません。
ダンプ松本もアジャコングも
悪役になりたくてプロレスに入ってきた訳ではなく、
紙テープが舞う中で華麗に戦う善玉レスラーに
憧れて入ってきてる訳で、彼女達は悪役として扱われ、
不満や苦痛を感じながら日々、嫌われ役を演じてきた。
実際の彼女達は凄くナイーブで、心にも傷を負いながら
悪を演じてきた訳で、容姿に恵まれなかったレスラー達の
苦しい気持ちが遂に爆発する事件が起きたようにも
自分には少し、思えてしまう。

意図せずに怪我をさせて、裏で大騒ぎにというのは
男子プロレスで昭和の時代に時々あったかもですが、
試合中に、意図的に相手を破壊して大騒ぎというのは
今回が初かもしれません。
プロレスは八百長だとか本当は痛くないんだろとか
ネガティブなイメージを持たれやすいですが、
鍛えられない部分を攻撃すると、どうなるのかを
今回の事件が図らずも見せてくれたという面もあるかなと。
という訳で難病のレスラーと、まだ21歳のプロレスラーを
案じているフラでした。
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by frat358 | 2015-02-27 16:47 | プロレスラー列伝

今日はプロレスの日だそうです。

誰が言ったか知らないが。プロレスの日。
なので思い出話を1つ、します。
過去に書いたかもしれませんが
オッサンで記憶が曖昧なんだなと察してやってください。

ガンズ&ローゼズの東京ドーム公演に行ったとき、
案の定、なかなかスタートしなくて。
時刻は21時を過ぎてしまい。
待つのに飽きた客がウェーブとか始めて。
そんな中で、私はアリーナエリアをノッシノッシと歩く
巨大な冷蔵庫を3つ発見しました。1メートルくらいの距離で、
最初は壁が歩いてるのかと思ったんです。
でも次の瞬間、冷蔵庫だと思いました。
グーッと顔を上げて、それが人間だと分かった時、
そしてそれが誰なのか悟った時、私は身体が硬直しました。
私の目の前に居たのは

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テリー・ゴディと
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スティーブ・ウィリアムスと
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リチャード・スリンガーでした。
このとき、一番ニコニコしてて感じ良さそうだったのはゴディ。
ウィリアムスはギロギロと周囲を見回してて、
とても声をかけられる雰囲気ではなく。
そして、いつもテレビのプロレス中継で、
小さな身体でボコスカにやられているリチャード・スリンガーが
最も声をかけずらいオーラを発していて
(てゆうか周囲を睨みまくっていた;)
テレビで見ると小さく感じるリチャードでしたけど、
私よりも身長は明らかに高かったし、
身体も凄い分厚くて威圧感がありました。
3人は観客のウェーブをしばらく見た後、何処かへ去っていき。
ガンズの公演が始まったのは、更に時間が経過してから、です。

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帰宅して、プロレスラーの大きさを目の前で感じた私は、
私と身長が同じのダイナマイト・キッドは、
あの分厚いテリー・ゴディをタックルで吹っ飛ばしたり
投げたりしてるんだなと気ずき。
ますますキッドのファンになったのでした。
普通は出会ったレスラーのファンになるんですけどね。
出会ったレスラーを投げ飛ばしてるレスラーを
更に好きになったという不思議な現象でした。
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キッドはプロレス関係者と連絡が取れない状態が続き、
しばらく業界的には消息不明だったのですが、
最近は近況の映像が届いてファンを安心させました。
新日本プロレス時代の映像がDVD化されたので、
お金に余裕が出来たら購入します。
イギリス製作のドキュメンタリー付きなので
かなーり楽しみです。








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by frat358 | 2015-02-19 22:01 | プロレスラー列伝

三年経って。

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三沢が亡くなった直後は追悼本が幾つか発売されて、
そのほとんどが売り切れという状況でした。
僕個人は売り切れ続出の追悼本を探そうとはせず、
無理して買うよりも、彼に対する自分の感情が
もっと落ち着いた時に読むか、と。
そう思っていたら3年が経ちました。
今年の6月13日、すなわち三沢が亡くなった日が
近ずいてきた時に、そろそろ追悼本を1冊くらい
買ってみようと思い。色々でている本の中から
購入者から評価の高い一冊を注文購入しました。
スポーツ雑誌「Number」が発行した追悼本。
死後の3~4ヵ月後に発売されたようで
様々な関係者の声を掲載しつつ、
三沢光晴の人生を細かく取材しながら
彼の人間性が伝わる本を目指した印象。

自分の知らなかった時代、デビュー前や
デビュー直後の三沢の姿も丁寧に探ってました。
当時を知る人達の声から伝わってくるのは、
優しさと気の強さ。意思の強さ。
三沢は北海道夕張市に生まれ、
両親が離婚すると母親に育てられたそうです。
高校ではアマレスの名門校に入り、
そこで寮生活が始まったのですが
ベンチプレスの横で三沢が泣いていた事があったらしく。
同期が声をかけると「母ちゃん、大丈夫かな」と。
そう言って泣いてたそうです。
人は環境が変わったり、一人旅に出たりすると
周りが作っていた自分というのが無くなって、
本当の自分が見えてくるという話がよくありますけど。
ホームシックで泣いていた訳でもなく、
練習が辛くて、、という訳でもない。
母親を案じて泣いていた16歳の三沢。
早く稼げるようになって母親をラクにさせたい。
そんな事を周囲に話していたにも関わらず、
学費を負担してもらえる自衛隊体育学校の誘いや
数々の大学からの誘いも断り、
オリンピックを経験して社会人という
スポーツエリートが目指す夢も、
一切興味を抱かずプロレスラーを目指しました。
どんなに周りが説得しても聞く耳をもたない。
そこで同期の友人が、一計を案じて説得を試みた。
プロレスラーになるとしても、
このままアマレスの世界で優勝なり、
オリンピック出場なりの「肩書き」を
手に入れたほうが、プロレスラーとして
将来有利だと思うぞ。どうだ?と。すると三沢は
「俺は一生、リング作り担当で
終わってもいいんだ!」と言って
友人の説得も突っぱねたそうです。
どうしてそこまで、かたくなに
プロレスラーに早くなろうとしたのかは謎ですが、
もしアマレスの世界を三沢が愛していたなら、
ここまで強く気持ちを固めなかったんじゃないかな、
と思うんです。三沢は格闘技ブームの時に、
真顔でこんな事を平然と言いました。
「ドロップキックできんの?」と。
三沢は格闘技よりもプロレスの方が
絶対に上だという自論を持っていた人でした。
違うインタビューでは、アマレスの世界、つまり
寝技という総合格闘技に通じる世界について
アマレスの練習は
人に見せていいものじゃないと言ってます。
スポーツの世界は上下関係が厳しく、
下っ端は練習中、腕の立つ先輩にボロカスに
やられる事もしょっちゅうです。
三沢はアマレス時代、
先輩の技に悲鳴をあげる後輩達の姿や、
悲鳴をあげると更に締め上げる練習場での光景を
筋が通らない行為だと考えていたのかもしれない。
三沢が高校で上級生になると
度を越えた後輩への「可愛がり」や
相手が降参しても締め上げるような練習光景は
一切無くなったそうです。
三沢はアマレスのサディステックな面が
嫌いだったのではないかと想像します。

そして、練習を熱心にするタイプでは無かったそうです。
学生時代を知る人は、三沢の練習を
「平らな練習」と評しています。
なにくそー、俺はまだ出来るんだーとか
悪く言えば自己陶酔の世界に入って
自分の身体をイジメ抜く練習はしなかったと。
毎回毎回プロレスの試合で
何処までも相手の技を受けまくる三沢を知っていれば
練習は無難だったという点は意外でしたが、
一方的な攻撃を加える格闘技やアマレスの世界を
強く愛せなかった三沢、という話も踏まえると
結構納得できます。つまり、自分ひとりで
黙々と苦しんでも満足できない。
対戦相手を得ることで、自分も「なんの」と思える。
飲み屋で暴力団に「殺すぞ!」と三沢が脅された時、
「やってみろ!」と言って一歩も引かなかったという
凄い話も聞いた事があるのですが、これにしても
相手を得ることで負けん気が発火しているんだなと。
前述した格闘技に関しても、
自分から格闘家と戦ってみようとは思わないが、
もし格闘家が自分の事を名指しして
「やろうぜ」と言えば絶対に戦うと言う。
理由がある事で反応する男。
なんというか・・・
あらゆる意味でプロレスに向いていた。
進んだ道を振り返らせてもらうと、
プロレスの申し子みたいな人だったんだなあと。

全日本プロレスを抜けたときも、
本来は三沢が単独で、馴染みのスタッフを連れて
出て行くという話を最初は聞いた。
実際、本当にそうだったらしい。
居酒屋を経営して、選手が5人育ったら
後楽園ホールで試合したいね。
そんな、細々としたささやかなビジョンで
全日本プロレスを退社しようと考えていた。
でも三沢を慕う選手やスタッフは
俺も、俺もと付いていき、最終的には
50人を超える大所帯になってしまった。
三沢が希望者を全員引き連れてしまったのは、
単純に「お前らはダメだ」と
言える性格じゃなかったからだと
長年を共にしたスタッフは語る。
相手の思いに応える事が三沢の生き方だった。
筋が通らない事が会社でまかり通るのを
三沢は凄く嫌った。馬場さんが亡くなった後、
馬場さんの奥さんの元子夫人は
社長になった三沢に幾度となく注文をつけたし、
それらを渋々と受け入れる事が多かったけど、
「あのコ、可愛いから使ってあげて」と
元子夫人に頼まれた時は断っている。
頑張っている選手は必ず引き上げるけど、
ゴマすりで成り上がろうとする選手の台頭は
三沢が決して認めなかった。
そして、その生き方を貫く為に
全日本プロレスを退社したようにも思える。

人との繋がり方も印象的。
三沢の友人が意中の子とデートして、
それを三沢に事後報告すると
「そんなの友達じゃねえよ!」と言って
三沢が激怒したという話も載っています。
デートする前から教えるのが友達だろ?と。
自分の友達観の枠から、はみ出た行為に対して
本気で怒った三沢。少し子供っぽいような、
純粋なままというか。でも三沢は
インタビューでこんな事も言っている。
「人は話をする時、自分に有利なように話す」
人付き合いで傷ついた事がない人間だったら
こんな事は言わない。純粋だったけど
ウブなまま世間知らずで生きた人ではない。

そして・・・6月13日。あの日は
遅かれ早かれ来てしまったのかもしれないと感じた。
日テレとのテレビ放送が打ち切られ、
スカパーでの放送やケーブルテレビでの放送に関する
契約交渉の机で、向こう側から
「三沢さんが居なくても同じギャラなの?」と
言われる事もあり。後継できるスター選手が
なかなか出てこない重荷も背負っていた。
クビの骨が変形するほど
試合のダメージは蓄積していたのに、
それでも付いてくる仲間の為に
トップレスラーを続けていた。
地方での試合も手を抜かない人だった。
見に来てくれるファンの為に絶対、手を抜かない。
ここらで休んで回復しようというタイミングが、
全くない生き方。こんなこと続けてたら
死んじゃうよなと笑って周囲に話しつつも、
分かっていながらリングに立っていた三沢。
そして彼の仲間の中で、最も礼儀正しく誠実で、
一本気な男が三沢の命を奪う事になってしまった。
誰もが三沢を休ませるべきだったと後悔しつつも、
でも誰だったら三沢を休ませる事が出来たろうと。
その点については誰も答えが出せないように思えた。
3年前よりは実感あるけど、未だに
本当に死んだの?って思うことはある。
カッコいいで済ませていいのかな。
三沢は居なくなって、プロレス界全体に
大きな宿題をドンと渡して、
ぐっすり眠ってしまったようにも思えます。
未だにその宿題を解ける選手も、団体も、
残念ですが現れていないと感じます。

せっかくなので三沢の試合を2つほど紹介、
アンド勝手に解説しようと思います。
ひとつはゼロワンという団体で行われた
三沢・力皇vs小川・村上のタッグ戦。



違う団体同士の対抗戦という意味合いもありましたが、
決して互いの長所が噛み合った試合でもないのに
未だに語り継がれる、この試合。それには理由があります。
この試合はアントニオ猪木の門下生と
ジャイアント馬場の弟子の戦いでもあり、
お互いが自分の存在理由をぶつけた試合です。
猪木のプロレスは限りなく格闘技の要素を含んだプロレスをめざし、
馬場の弟子達は何度でも技を受け続けるマラソンのような戦いを目指した。
小川は柔道を引退後に、大幅な肉体改良に成功して
猪木が目指す格闘技色が強いプロレスで注目を浴びていた時期。
対する三沢は全日本プロレスを退社し、ノアという団体を作って
他団体との交流も盛んになっていた時期でした。
ただ、三沢は追悼本でも紹介したように
格闘技カラーの強い試合は好きではない。
でも小川にしてみれば苦しい時期を乗り越えて、
やっと作ったのが自身の格闘技スタイル。
三沢はタッグ戦のパートナーに、
パンチやキックに打たれ強い元幕内力士の力皇を選び、
小川や村上の格闘技的な打撃をマトモに受けさせています。
「そんなもんプロレスラーには効かないんだ」という、
そういう光景を見せようとした。

自身が小川との対戦になると、
タックルに来た小川の首の後ろを掴んで
コントロールしてしまいます。
小川が腰投げを決めるとカウント1で返し、
小川が馬乗りで三沢を攻撃し始めると
パートナーの力皇が小川を潰す勢いで突進。
相手の長所を体感する事もちゃんとしつつ、
一方的な打撃光景は許さない。
試合後に三沢は
「思ってたよりは力があった」と小川を評しつつも
「さあこれからって時に終わっちまった試合だな」と、
格闘技スタイルを退屈そうに評しました。



もうひとつは、ノアが海外で試合をした時の映像。
「飛べない戦士」というタイトルで紹介した
ノアに採用されたアメリカ人レスラーが、
のちにアメリカでプロレス団体を旗揚げしたので
その団体のゲスト選手として参加した試合です。
三沢は、仲間がアメリカでスタートさせた夢を応援し、
自身もそこで試合をする事でイベントを成功させました。
試合後の「あんなに応援されたら頑張るしかないでしょ」
という言葉も、三沢らしいと思います。
以上、勝手な試合解説でした。
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by frat358 | 2012-06-21 00:57 | プロレスラー列伝


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